美しく 樹つる 石が根

こんにちは、“かけだしロビイスト”のチャンです。自民党の政経塾を修了していますが自民党員ではありません。普段は“会社員”、あるときは 気まぐれ移動式食堂の“雑用係”。そしてまたあるときは“かけだしロビイスト”として、拙Blog“美しく 樹つる 石が根 ”を綴っております。

紀元節。日本に生まれた慶びと誇りを感じる日。

 

本日は 紀元節建国記念日)ですね。

 

建国が神話に遡る国、日本に生まれた慶びを噛み締めて 国旗を掲揚致しました。

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本日は紀元節(建国記念の日)ですね。 日本に生まれた喜びをかみしめて、日の丸を掲げました。 すめらみこといやさか。皆様、佳い一日をお過ごしください。皇紀2676年2月11日

 

 

 

 



建国が神話に遡るという喜びと誇り

 いまさら私があらたまって書くことでもない周知の歴史だが、明治5年、紀元節が設定されたのは、“いまふう”に言えば、日本国家の国際化のためだった。
 それまでの世界の人々のほとんどは、この地球上に日本という国、それも「国家」として誕生したばかりのクニがあるなどとは知らなかった。日本はあらゆる手段を使って、しかも一刻も早く、「ここに我あり、日本あり」と名乗りでなくてはならなかった。しかもその国は好戦的で侵略的な西欧の国々が植民の餌食として狙うような野蛮で未開の国ではなく、長い歴史と高度の文化文明を持った“先進国”であることを同時に宣伝し、それ相応の敬意と恐れを抱かせなければならなかった。つまり「国威」というものである。

 なんとも情けない話だが、いまの若者には「国威」などという概念はその言葉すら聞いたことがないかもしれない。そこで書いておくが、国威とは国の威光のことで、威光とは相手に畏敬されるような、犯しがたい威厳という意味である。人間、個人としても畏敬され、威厳を持つことは大切なことだが、国家にとってはそれ以上に存続のための不可欠な条件である。なぜなら国際関係とは食うか食われるかの「場」の意味であり、お互い禿げ鷹の集団のように弱肉強食を狙いあっている。現在の日本に「国威」がないことは言うまでもない。なぜなら国威は金で買えるようなものではないからである。

 日本という国はいつから、どのようにこの地球上に存在しているのか―――
それを世界に示すということは、いわば個人がパスポートを取るのに戸籍原本(謄本)が必要なのと同じように、国際社会に対する示威である。そこで現在でもこの建国に関する根本的なアイデンティティの指示であり、存在に対する示威である。そこで現在でもこの建国に関する“身分証明“を定めた独立国家は百数十ヶ国あるのだが、そのほとんど(3分の2以上)は植民地からの独立を記念する日であったり、革命記念日などをそれに当てている。ということは、いずれもなんだかの武力(暴力)によって乗っ取られていた自国を同じような武力によって取り戻し、独立した記念であり、そこには血なまぐさい数々の悲劇と、犠牲者がいたということである。

 もし日本にもそのような歴史があったなら、当然その勝利の日を建国の根本と考えたに違いない。ところが日本は世界の奇跡のような国だった。明治国家が生まれるまで、一度として他国に侵略されたことがなく、植民地になったこともなく、また過激な独裁者によって人民が極度に迫害されたことすらなかったのである。いつの間にか国があり、国があることはごく自然であたりまえのことであり、ふと気づくと国家に生まれ変わっていたようなものだった。
「私たちはいついつこのようにして自国のアイデンティティを獲得した」と言える歴史がないのである。

 ところが歴史以前にはそれがある。即ち神話である。意図して神話に建国を求めたのではなく、神話以外にその根拠がない国など、世界中にないのだ。これがどれほど稀有なことであり、僥倖であり、素晴らしいことか、いまだに私たちは深く認識していない。複雑で入り乱れた歴史の流れがなく、しかも記紀という歴とした文献を持った上で建国に神話を当てた国となれば、それこそ日本しかないとも言えるのである。

 その後この紀元節をめぐり、さまざまな論争があったことや、紆余曲折があったことや、敗戦により消滅し、また名前を変えて復活した経緯などは、これもまた私があらためて書くことでもない。神武天皇の存在とか、太陽暦に換算してその即位の日を2月11日にするのは無根拠で嘘だとか言う論議もまた、私には興味がない。私はただひたすら自分が日本人であることと、その建国が神話に遡るということに喜びと誇りを持つだけである。合掌
(明成新刊、林秀彦著「悲しいときの勇気」所収「芸術としての建国」より)

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より 全文引用

 

 

私はまだまだ勉強不足です。

伊勢参りにも行かねばなりませんし、古事記を読み返さなければなりません。
それでも 祖国 日本の建国が 神話に遡るという喜びと誇りを強く感じています。

戦後71年、日本の神話が語り継がれてゆくことを心より祈念致します。

「神話を教えなくなった民族は100年続かない」
歴史学者 アーノルド・トインビー








“かけだしロビイスト

“全日本 青空高く日の丸掲げ!推進委員会委員長”


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