民主党政権下に迎えた 日米開戦の日。2011年12月8日
「国務において、平素、政治家たちが金穀理材のことを議しているのをきけばいかほどの英雄豪傑かとおもうほどだが、しかしひとたび血のでる事態にのぞめば青くなって頭を一処にあつめ、ただ目前の事無かれを謀るだけである。戦の一字を恐れてはならない。」
こんばんは、林です。西郷隆盛は、国家はつねに焦土抵抗の覚悟をもたなければ国際社会で生きてゆけないという思想と『気概』をもっていました。
どの国にとっても、「国益」とは、国土を守り、国民の生命財産を守り、永きにわたり培われた伝統、文化を守ることであります。
政府は国益を守る為に、2つの『暴力装置』を持つ権利を有します。
1つは国内に向けて、治安維持の為の「警察(権)」、もう1つは、国外に対して国土を守るための「軍隊(自衛権)」です。
民主主義国家においては、国民は政府に対して、この2つの暴力装置(権力)を一時的に預けることになります。権力とは国民から一時的に付託された力です。
人々は平和や平等を好みますが、国際社会においては、軍事力の強い国家が主導権を握るというのが現実です。
つまり、軍事力を背景としない外交交渉に力は無い(外交の延長線上に戦争がある)ということです。
だからこそ、「戦の一字を恐れてはならない。」のです。
今日は何の日ですか?こんばんは林です。
原発事故発生以来、その危険性に怯えながらも、テロの標的に成り得る54基の原子力発電所の警備を自衛隊に任せることについては、真剣に考えているようには見えない政府。
同盟国が目の前で攻撃されても、応戦することを許されない自衛隊。
領海、領空侵犯に毅然と対応できない政府。
主権侵害による拉致事件、その被害者を取り戻せない外交力。
1941年12月8日、我が国は、米国が売ってきた喧嘩に対して毅然と立ち向かい、その無理な要求を拒否し戦いを挑んだのです。
当時の日本には、戦の一字を恐れぬ『気概』があったのです。
その日米開戦から、今日で70年。
高度経済成長を成し遂げ、インフラも整い、我々は物質的に豊かな生活を享受しながらも、戦う『気概』を喪失してしまいました。
輪郭のぼやけていく我が国に安穏と暮らし、枕元にはTPPというクリスマスプレゼントを置いたまま、我々は年越しの準備に追われるのです。
2011年12月8日にFBに投稿した文章です。
あの頃から、前進したような変わってないような日本です。
気概が必要です。
“全日本 青空高く日の丸掲げ!推進委員会委員長”